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      <title>動物の歴史</title>
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      <description>あなたのほね、わたしのほね、ほね、ほね、ほね。</description>
      <language>ja</language>
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         <title>事務総長と大国</title>
         <description>ウ・タント事務総長の場合・・・


第三世界の代表というかたちで事務総長になったのですが、60年代以降、国連がそれまでのアメリカ主導型の性格から第三世界の影響力行使の場へと変質してきた雰囲気のなかで・・・


アメリカが国連に対する信頼感を失うという事情もあって、ウ・タントの行動に対してアメリカはかなり懐疑的・批判的になりました。


その端的な例はヴェトナム戦争です。


ウ・タントははっきりとこういう言い方をしています。


「もし南ヴェトナムにおける事態の発展についての真実をアメリカ人が知ったならば、これ以上の流血は必要でないという私の見解に、アメリカ人も賛成するであろう」と。


・・・このような事務総長の批判的姿勢もあって、アメリカはヴェトナム戦争について真剣に国連に付託するようなことを考えないということになります。

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         <pubDate>Thu, 12 Jan 2012 16:59:02 +0900</pubDate>
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         <title>日本とドイツ　5</title>
         <description>国家と民族はその環境、歴史や伝統、価値観を無視して急速に他国の模倣に走ることはありません。


・・・ただ、わたしたちは他国の経験に学ぶことはできます。


西ドイツがその社会の中に多くの問題を抱え・・・


ある種の危惧すべき停滞や混迷を内包していることも承知しています。


・・・それにもかかわらず、私たちはその経験から学ぶことができます。


最短の時間、最小のコストでわたしたちはいま、日本をその国力にふさわしい活力ある、魅力ある人々の住む国にすることはできます。


担当者は放送番組の反響の中から、いま人々が日本の国の将来のために西ドイツの体験から何かを学ぼうとする熱意を感じたのです。


このブログが少しでもお役に立てば幸いです。


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         <pubDate>Tue, 20 Dec 2011 11:02:53 +0900</pubDate>
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         <title>日本とドイツ　4</title>
         <description>ドイツ人はヨーロッパで独特の個性を持つ民族といわれました。


それが、シュミット元首相の言ではないですが・・・


「ドイツ人はドイツ人であることを辞めて、ヨーロッパ人となった」


・・・と言わしめるほどの自己改革を成し遂げたのです。


日本はアジアでまだ&quot;友人&quot;といえるほどの隣国をひとつも持っていません。


日本はいかにしてこの地域で信頼される&quot;友人&quot;となれるか。


そのために日本人は何を捨て、何を変えるか。


生産大国から生活大国へ、という国民生活の重視の経済をいかに形づくり、運営していくか。


・・・そして、それは本当に国家の経済活力の源泉を枯渇させないのでしょうか。


もちろん、西ドイツが理想の国であるか、あるいは、西ドイツの都合のよい点だけを取り上げて日本を批判するとかは本意ではありません。

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         <pubDate>Thu, 10 Nov 2011 11:00:54 +0900</pubDate>
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         <title>日本とドイツ　3</title>
         <description>日本人が時に無自覚の中で、まさに自然と接するように受け入れている現行の社会制度、仕組み、経済の政策などが、実は人為の結果であり、選択可能で変更可能であったかもしれないことを知る旅でした。


時代はいま政策論争、方法論の提示を求めています。


それは、経済大国となった日本が自立した国家としてどう生きるか、どう経済を運営するか、国民の生活をどう向上させるか、アジア諸国とどう付き合うか・・・


・・・などいずれもが総論ではなく、実行可能な各論、具体策を日本の社会が緊急に必要としていることをだれもが知っているからです。


その意味で、西ドイツはこれからもさらに多くの教訓を日本に与え続けることになるでしょう。


なぜなら西ドイツはこれから日本が国際化・自由化していく中で不可避的に経験するであろうことを先験しているからです。


それは何でしょうか。


私見では、それはたぶん次のようなことではないでしょうか。


日米関係を主軸にしながら、いかに西ドイツが経済と政治の両面で対米依存が過度になるのを避けながら、国家と経済を運営しようとしているでしょうか。

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         <pubDate>Sun, 09 Oct 2011 11:00:10 +0900</pubDate>
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         <title>日本とドイツ　2</title>
         <description>生きてきた自分の過去、自分の判断や選択、日本の戦後史を西ドイツの経験と比較し、再評価する作業でした。


なるほど、あの時、日本人がこんなことをしている間に、ドイツ人はこんなことをしていたのか、こんな選択をしていたのか、という驚きであり、時にはにがい後悔にも似た反省であったりしました。


それは「なぜ西ドイツにできて、日本にできなかったか」を問うことでもありました。


私自身も幾度も越えた東西ドイツ国境の緊張と、国境を跨ぐとガラリと一変する2つの国の雰囲気、体制と文化の違いと相似の大きさに深い感動を覚えた記憶があります。


またヨーロッパの北のバルト海から地中海のアドリア海まで東西の国境5000キロを取材したこともあります。


そのとき、人は何と人にふさわしい国家と文化を持っていることか・・・


同時に、その国の国民の生活と文化は何と時の政府の体制と政策の反映であるとか、ということを思い知らされました。


考えてみれば、西ドイツは東ドイツと国境を接し、厳しく対峙しています。


それはいわば、


「どちらの国が繁栄しているか。


どちらが生きやすいか。


どちらの国民が幸せか」


・・・を不断に問うことです。


それは政府の政策の、制度の、運用の良否を問うショーケースともいえるでしょう。

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         <pubDate>Mon, 12 Sep 2011 10:59:06 +0900</pubDate>
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         <title>愛犬の健康を管理する</title>
         <description><![CDATA[こんにちは。


今日は、犬のノミ取り方法について詳しく書いていきたいと思います。


ノミ取りは、頭部から洗い、ノミを足部分まで追いつめるのがコツです。


また、犬用ノミ取りグシも開発されていますので、試してみるとよいでしょう。


このクシは犬の被毛を通すと静電気を起こし、ノミを根絶するというものです。


<a href="http://kongo.ocnk.net/" target="_blank">無駄吠え防止</a>グッズなどを販売しているショップに置いてありますよ。


そして、「犬に調昧料は必要か？」ということ。


「犬にも人間のように調味料を使っていいでしょうか？」という質問をしてきた方がいるのですが・・・


犬に調味料はいりません。


なぜなら人間のように汗腺がありませんから、接取した塩分を汗として損失することがないからです。


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         <pubDate>Tue, 02 Aug 2011 12:15:40 +0900</pubDate>
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         <title>作品の真価</title>
         <description><![CDATA[『猿の惑星』に漂うあの当時ならではの厭世観とか、主人公の少年と一緒に恐怖を克服し、最後は幽霊まで愛せる心境に観客を連れていってくれる本作の構成の妙とか、作品の真価はビックリ箱とは違うところにあるはずなのに。


とはいえ、本作のラストには本当にビックリさせられました。


中には「始まってすぐオチがわかった」という人もいるし、似たような話が昔にもあったらしいのだが、わたしは椅子から転げ落ちるほどタマげた。


仮にも作り手のハシクレである人間がそれはどうよと思うくらい、見事に引っかからせてもらった。


ところで、話はそれますが、最近、<a href="http://www.rental-station.jp/" target="_blank">ビデオカメラ レンタル</a>にはまっています。


今は何でもレンタルがありますね～。

]]></description>
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         <pubDate>Sun, 17 Jul 2011 14:31:40 +0900</pubDate>
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         <title>結婚をめぐる男と女のはなし　2</title>
         <description><![CDATA[「わたしが彼に電話をしても返事を寄こさない。


次にわたしが彼のケータイにかけるとスイッチを切る。


わたしが彼の家の前で待ってると帰ってこない。


・・・ほんと、どん底に突き落とされたわ。


当時、わたしは彼のお姉さんとマンションに共同で住んでいたから、彼の噂をしょっちゅう聞かされてはいたけど、どうしても彼を見つけだすことはできなかった。


わたしの気持ちは矛盾だらけ、彼のことを知りたい、なのに、つらくて尋ねることができない、それで、たまらなくなる。


そのうち感情の起伏が激しくなって、何かあるとすぐ泣きだしそうになって、自分を痛めつけていた。


たぶん、あの頃がわたしにとってもっとも暗い日々だったんだと今では思います」。


そのどん底の日々から抜け出した彼女は、<a href="http://www.1stclub.com" target="_blank">国際結婚 相談</a>所である男性と知り合いました。


そして交際3ヶ月というスピード婚を果たし、現在は幸せな生活を送っています。


いやー、何がどうなるかわかりませんね。


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         <link>http://firstparagon.com/2011/07/2_5.html</link>
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         <pubDate>Mon, 04 Jul 2011 18:10:45 +0900</pubDate>
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         <title>結婚をめぐる男と女のはなし</title>
         <description><![CDATA[こんにちは。


今日は、<a href="http://www.1stclub.com" target="_blank">国際結婚 相談</a>所に通っているある女性の話を紹介します。


彼女は24歳。


こんなことを言っていました。


「愛し合ってるカップルが、これといった矛盾も、相手を納得させられるだけの理由もなく、昨日まで甘い日々を送っていたのに・・・


今日から赤の他人になるっていわれても、すぐに、はい、そうですかっていえる？


それに、わたしはただひたすら彼を愛していて、いっしょに暮らしたいと憧れていたのよ。


愛してるとか愛してないとか、どうしてそんな簡単にいいきることができるの？


でも、どんな愛情でも両方の積極性から成り立っていて、二人が共同で商売をするようなものだから、一方が協力したくなければ、もう片方がどんなに努力しても何の役にもたたない。


でも、あの時はそれが分からなかったから、何とか二人の関係を修復しようとしたの。


どうしてあんなに彼を愛することができたのか、いっしょにいることができなくなるなんて我慢できなかった。


だから、ありとあらゆる手を使って、どんなに彼を愛しているかをいつも伝えつづけたのに、彼ったらわたしとまったく逆の反応をしたの」。


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         <pubDate>Mon, 06 Jun 2011 18:08:56 +0900</pubDate>
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         <title>神下し</title>
         <description><![CDATA[佐々木幹宏氏によれば、奄美大島のユタは神下しをするとき、まずススキに神を愚け、それから自分に愚かせるといいます。


古代の託宣を受けることを旨とした巫女たちも、ほぼ同様の仕方で神を自らの肉体に愚かせていたと思われる。


また、祇園祭などで登場する山鉾や諏訪大社の御柱なども、本来は神が降り下る依り代であったといわれる。


この神と死霊・生霊との類似性は、祖霊信仰を考えることで説明ができます。


すなわち、伝統的な日本人の霊魂観では、死霊は年を経るごとに個性を失っていき、祖霊という集合的祖先神に統合されていくのです。


この祖霊神はたんに祖先の神というだけではなく、田の神や山の神でもあるという重層的な性質をもっています。


また、先祖供養の祭祀から漏れた霊は、御霊という崇り神に化身していくのです。



そして、占いにも興味があるのですが、<a href="http://www.e-aine.com" target="_blank">電話占いならココ</a>が良かった！って言う占いに相談したいですねー。
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         <pubDate>Fri, 03 Jun 2011 13:50:05 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>日本とドイツ</title>
         <description>日本が経済の分野でもはや西ドイツを追い抜いた、と一部の日本人が自信を持ちかけたとき・・・


西ドイツはまた日本に大きな疑問を投げかけました。


それは同じように黒字を溜めても日本は叩かれ、なぜ西ドイツは叩かれないのか・・・


同じように国の経済は栄えているのに、なぜ日本人は豊かさが実感できないのか、という国家の経済運営と国民生活の向上に関する根源的な問いかけです。


この2つの国の戦後がどこで分かれたのか、わたしもよく友人たちと議論しました。


そもそも歴史も文化も置かれた環境も全く異なる2つの国家を比較することは意味のあることであるか、そのような疑問も当然起きました。


・・・もちろん、西ドイツのある事実、政策をそれだけ取り出して、日本のそれと直接に優劣を比較するのは無意味なことでしょう。


にもかかわらず、私たちは他国の事情を知るのは、自国の事情を客観的に把握するよい機会、よい手法を提供する、とその度に思ったのです。


それはちょうど自分たちが無我夢中で駆け抜けてきた道に今一度戻り、間違いはなかったか、望む方向に走ってきたか、を確かめるような経験でした。

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         <pubDate>Sat, 28 May 2011 10:58:15 +0900</pubDate>
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         <title>アメリカの立ち直り　4</title>
         <description>1950年代後半、ロウエル・トマスがこの記事を書いた時、スネーク峡谷沿い一帯からカリフォルニアおよびグレイト・ソルト・レークにまで広がっていたシンプロットの事業版図はなおも最も急速な拡張の段階を迎えようとしていました。


いまだに信託人や共同経営者、会員や子会社などをいろいろ抱え、法律的に複雑な個人企業で、誰も1950年代、1960年代初めには正確にその規模を測ることができなかったのです。


しかしこの会社について論評する者は、最も目覚ましい成長は1960年代半ば、シンプロットがカリフォルニアのソルヴァングにある邸宅でレイ・クロッ.クと会い、このマクドナルドのハンバーガー王がポテト王子に「大いにやりましょうや」と言った後のことだと口をそろえて語っています。


それまでの数年間、シンプロットはこの急成長中のチェーンに生のジャガイモを売っていました。


しかしこの仕事はイモの保存に費用がかかり、毎年およそ30万ドルから40万ドルが無駄になっていました。


マクドナルド側はそれほど気にしなかったのですが、シンプロットとしてはもっと有利な取引が必要でした。


先代マクドナルド社長のオフィスに案内されると、シンプロットは冷凍ジャガイモを使ってはどうでしょうかともちかけ、その製造に彼自身の特許とマクドナルドの特許の使用を提案しました。


・・・するとこの経営者は憤然としてマクドナルド独特の自家製ポテト・フライのユニークな魅力について弁じたてました。


このフライは当社の最も貴重なセールス・ポイントだ、私は決して冷凍ものは使わない、と。


父親以外の人間からそれまでこんな熱弁を振るわれた経験のないシンプロットはひどく動揺しました。


やがてこの社長は退きクロックに後を譲りました。

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         <link>http://firstparagon.com/2011/04/4_1.html</link>
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         <pubDate>Mon, 11 Apr 2011 14:16:11 +0900</pubDate>
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         <title>アメリカの立ち直り　3</title>
         <description>トマスは次のような注目すべき記事を書いています。


「有名なボールディ山近くのサン・ヴァレーで、私はある屈強なアイダホ市民に追いつこうと懸命になっていた・・・


彼の名はジャック・シンプロット。


ボイスの出身だ。


ノートルダム大のフルバックのような体格の彼は、数万工ーカーの牧畜場、金山、ウラニウム鉱山、硫黄、鉄、マンガンなどの鉱床を抱える一つの帝国の主である・・・・


このアイダホのポテト王は貨車を一列車仕立ててジャガイモを出荷する。


しかし何よりもすばらしいことは、彼の部下たちがジャガイモのありとあらゆる新しい加工方法を考案したことだ。


焼き、潰し、揚げ、刻み、乾燥あるいは冷凍して・・・


どれも重さと大きさを減らすようにして、包装してある・・・」


「気のいい巨人・・・人を選び、その後はすっかり任せる。


彼がソーツース山を元気いっぱい滑っていく時には、半マイル離れていてもその歌声や笑い声を聞くことができる」


皮肉屋の記者たちを相手にする時も同じです。


記者たちはこの男に似たような大物といえば誰だろうと考えながら彼のオフィスを出てきます。


アブナー叔父、ホレーショ・アルジャー、タイタンなどに彼をなぞらえます。


いったん彼の前を離れると、彼が6フィートに満たぬ男だったことを思い出すこともむずかしいのです。

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         <pubDate>Fri, 11 Mar 2011 14:14:43 +0900</pubDate>
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         <title>アメリカの立ち直り　2</title>
         <description>ある思いがけない展開がなければ、シンプロットの工場も完全に休眠状態のまま放っておかれたことでしょう。


アメリカの主婦は会社のように会計士もコンピューターも持っていませんでしたが、価値のあるものを見分ける目を持っていました。


主婦たちは専門家が躊躇した所に殺到しました。


冷凍フライは思いがけず小売の食料品店で売れ始めたのです。


1958年から1960年にかけて、売れゆきは2倍に伸び、シンプロットはその設備を全面的にジャガイモの加工に戻し、その後2度と変更することはなかったのです。


会社は最も劇的な大波に乗ろうとしていました。


デルコにいた時父親から牛の乳搾りを命じられて以来、シンプロットが仕事から目をはなすことはほとんどなかったのです。


50歳になったJ・R・は趣味としてスキーを始め、まるでスキーをはいて生まれてきたかのように斜面を滑降し始めました。


サン・ヴァレーで彼は報道記者のロウエル・トマスと友人になりました。

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         <pubDate>Fri, 11 Feb 2011 14:13:41 +0900</pubDate>
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         <title>アメリカの立ち直り</title>
         <description><![CDATA[アイダホそしてアメリカが1950年代に立ち直るにつれて、シンプロット帝国は急速に拡大しました。


彼の所有する炭酸カリウム鉱山は埋蔵量において世界屈指の鉱山であり、その岩石を肥料に加工するために始めた化学製造業もまた成功をおさめました。


農場はアイダホからオレゴンにまで広がりました。


ボイスおよびポカテロ周辺でアパート建設事業にも乗り出し、州の一流ホテルニつも買取っています。


しかし世間が喜んで冷凍のフレンチ・フライを受入れるまでには時間がかかりました。


シンプロットのジャガイモ加工工場は彼の数少ないタイミングの誤りを示す証拠のように、十年近くもがらんとそそり立っていました。


ジャガイモ加工部門に雇入れた労働者たちは、果物、野菜、スイートコーンの缶詰と冷凍の仕事に回され、軍から時折受ける乾燥ジャガイモやタマネギの注文をさばくことで機械の調整を行なっていました。


フード・チェーンや料理店では、まだシンプロットの知識とは逆に、ジャガイモの冷凍は不経済だと思い込んでいました。<a style="color:#666; text-decoration:none; font-weight:normal;" href="http://ishiishii.fruitblog.net/" target="_blank">石塚孝一</a>氏によると、生のジャガイモは安い、冷凍のフライは同じ一ポンドでも2倍もするし、それに費用のかかる冷蔵が必要だ、というのです。


シンプロット社の社員は、生イモは皮をむいたり、刻んだり、揚げたりするうちに目方は4分の1に減ってしまうから、冷凍フライの方が実際は安いし質もいいのだと、根気よく説明しました。


それでも、こうした計算はレストランやホテルなどのとうてい理解するところとはならず、彼らは1950年代の終りまでずっとこのシンプロットの新機軸の製品を鼻であしらっていました。

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         <pubDate>Tue, 11 Jan 2011 14:11:53 +0900</pubDate>
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